鼻が折れると鼻血が出る

鈍器で顔を殴れば鼻は折れるし、誰かのために行動すれば社会は変わる。仕事も執筆も想いを込めて。

村上春樹が雨季のタイで週末を過ごしたら


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 せっかくの週末だというのに雨が降っていた。もっとも雨は週末であろうと平日であろうと降るものだし、ましては今のタイは雨季である。たいていの日に雨は降っていて、だいたいの週末には僕はカフェで本を読んで過ごす。ただ、その日の雨はいつもより少しだけ激しいような気がした。もしかしたら、僕の思い違いで、いつも通りの雨だったかもしれないけれど、事実としてその日の僕はそう感じた。

 インターネットで知り合った彼女と初めて直接会ったのも雨の激しい日だった。お互いの都合で夜も遅かったし、直接品川駅近くのホテルのロビーで待ち合わせた。部屋に入り、僕たちはベットに腰掛けて少しだけデカルトの二元論の話をし、そして僕は彼女と寝た。 

 やはり断っておいた方がいいと思うのだけど、僕たちに金銭的な関係はなかった。僕は彼女が好きだったし、彼女はいわゆる”誰とでも寝る”女性であった。もちろん、厳密に定義するなら彼女は誰とでも寝たわけではない。そこには彼女なりの基準が存在したはずだ。とはいうものの現実問題として眺めてみれば、彼女はたいていの男と寝た。

 何ヶ月かすると、彼女から返信が返ってこなくなるという平凡な終わり方を迎えた。新月のように淡く静かな声で「私は快楽に弱い」と言った哲学が好きな彼女は、今も元気にしているだろうか。

 

 いつの間にかアイスコーヒーは残りわずかになっていた。少し残っているといっても、グラスに残る液体のほとんどは氷が融けた水である。席を立ち、カウンターに向かう。

 「ブラックコーヒー、ホット、砂糖無しで」と僕はオーダーする。不思議な表現に思うかもしれないけれど、ブラックコーヒーに砂糖がたっぷり入っているのがタイである。甘くないコーヒーをタイで飲むにはそれなりの手順が必要だ。

 すらりと背が高く、ロングヘアーを無造作に束ねた彼女は、いつも黙々とコーヒーを作る。そして、とびっきりの笑顔でコーヒーを運んでくる。どちらかといえば、コーヒーを作るときの彼女が好きだ。どことなく、哲学が好きだった彼女の面影があるから。

 その日、雨で道路が冠水していたし、ちょっとした出来事もあって、彼女は僕の部屋に来ることになった。デカルトの二元論の話はしなかったけれど、僕たちはベットに腰掛けて少しだけ話をし、そして僕は彼女と寝た。

 本来なら話はここで終わりだ。紳士とは払った税金と寝た女性について多くを語らない人の事である。ただ、今回だけはやはりもう少し話を続けるべきように思う。

 

 彼女の生物学的な性別は男性であった。正しい選択であったかは分からないが、とにかく結果として僕はそれに気づいた上で彼女と寝た。たぶんそれは、正しいとか正しくないとかいう基準で推し量ることのできない事柄だったのであろう。

 もっとも驚きが無かったといえば嘘になるが、ここはタイである。雨季には毎日雨が降るし、きれいな女性はたいてい男性である。そして、ブラックコーヒーにはほぼ必ず砂糖がたっぷりと入っている。やれやれだ。

 

#今週のお題「雨の日の楽しみ方」