鼻が折れると鼻血が出る

鈍器で顔を殴れば鼻は折れるし、誰かのために行動すれば社会は変わる。仕事も執筆も想いを込めて。

🌏自分が住む国・都市を選択することの意義

 どこに住むかという選択は、以前に増して重要性を増している。ITにより世界がフラット化し、場所という制約をなくすという言説は聞いたことがあるであろう。しかし、現実問題として、都市の経済的な機能は拡大するばかりで、世界中で例外なく大都市は田舎から人口を吸収し続けている。

 居住地の選択は、生活費や余暇の過ごし方のみならず、キャリア、友人関係、(独身ならば)配偶者探し、子供の教育など、広範な事項に大きな影響を持つ。今回はこの点について書きたい。

あなたが異物となる都市を避ける

 世界のどこにも完璧な都市は存在しない。誰かにとって素晴らしい都市であっても、誰かにとってはそこに住むことは苦痛でしかないかもしれない。

 例えば、大阪府の北部にある箕面市はもっとも住みやすい都市の一つとして知られている。治安、教育、自然環境、大阪中心部までのアクセスなど、中の上くらいの所得を持つファミリーにとっては理想的な居住地である。

 しかし、マイノリティーにとっては必ずしも心地よい場所ではない。数値化できるものではないが、長年箕面市に住んでいた私の感覚からすると、画一性が高すぎる。もう少し端的に言うと、ひと目を気にせずにゲイのカップルが手をつないで歩ける場所ではない。

 箕面市は、大阪の中でも品の良いファミリー層が多い。同じような所得、同じような価値観の人間が集まれば、それらの人々は快適に暮らせる。しかし、異なる価値観やライフスタイルを持つ人たちにとっては息苦しい。

 尼崎や歌舞伎町は幸せいっぱいなファミリー(ちょっと皮肉で言っている)にとって、住むのに適した街とは言えない。深夜1時に奇声を上げても、「またか」程度に認識され、誰も気にしない。道路にはゴミが散乱している。しかし、ある種の人々にとっては居心地の良さを感じる街である。

 ちょっと極端な例だが、要は馴染めない街というのは誰にもあるし、それは自身が悪いわけではなく、環境を変えるべき問題であるということだ。

不利な立場になる都市を避ける

 さきほどは、極端な例であったので、もう少し身近な例にする。もし、あなたが結婚相手を探している女性であれば、福岡、特に博多や天神に住むのはできる限り避けたほうがいい。

 福岡は、かわいい女性であっても配偶者探しには不利な場所である。もし魅力が人より劣っている女性※であれば、配偶者を見つけるのに相当な困難を強いられるであろう。これは、統計から明らかである。
※私の経験上、自身が魅力的でないと思っている女性の大半は魅力的であるものの、申し訳ないがそれは今回は棚に上げて話を進めたい。

 福岡市中央区(天神などのある福岡の中心部)の20代の男女の人口構成を見れば、女性を10とすると男性は7弱しかいない。女性10人に対して男性が6〜7人なのである。もう少し詳しく見ると、23歳の時点では女性10に対して男性6、年が上がるにつれて男性比率はあがっていき、30歳時点では男性が7となる(それでも7である!)。このデータは福岡市のHPにて確認できる。なお、福岡市全体で見るとこの現象は緩和されるものの、それでも20代は10:9で女性が多い。

 福岡の中心部(天神や博多付近)には大学卒業後に一人暮らしをする女性が福岡のみならず九州から集まる。そして福岡の女性は親元から遠く離れて大阪や東京への就職を志向しない。一方、男性は学歴が高いほど、県外に就職する。そして他県の男性は地元か、大阪あるいは東京への就職を志向するケースが大半である。福岡は高給の会社が少なく、どうせ他県に行くのなら大阪や東京に出るのである。すなわち、福岡は女性が流入する一方、男性が流出する都市なのである。

 質的な面においても、男性の高学歴層(現実的にいって高所得層となる可能性の高い候補である)は九州大学など名門大学を卒業すると、地元の優良・上場企業に入る場合を除き、大阪や東京に就職するケースが多い。そして、きわめて重要かつ明白な事実であるが、福岡の女性はかわいい。根拠となる数値もロジックもないが、とにかくかわいい。行ってみればすぐに分かる。まじかわいい。

 要は女性にとって、数的な面でも質的な面でもいい男性を見つけにくいのである。

 まったくの余談であるが福岡の逆の現象が起こっているのがシンガポールである。可愛くない女性が多いのに、高収入の男性が世界中から流入している。詳細はCGM48(チェンマイ48)結成という深遠なる妙手 - 鼻が折れると鼻血が出るを参照。

世界に目を向ける

 世界中のどこにでも私達は住めるとは言わない。もちろん、様々なものを捨てれば、選択肢は広がるが、治安、収入、ビザ(あるいは労働許可)など現実的な観点から言えば、住める都市は限られてくる。

 ただ、特別なスキルがなくても、日本人が「現実的に」働ける都市は多数ある。中国の各都市、バンコク、ジャカルタ、マニラ、ホーチミン、クアラルンプール、ハノイ、香港、シンガポール、ムンバイなど、数十はくだらない。

 それぞれの都市は保守的であったり、逆にオープンすぎたりバリエーションがとても豊かである。もし今住んでいる場所に居心地の悪さを感じているようであれば、世界に目を向けるのも悪くない。

 まずは旅行をしてみることだ。もちろん、旅行で訪問して感じる開放感と、実際に住んで働く場合のストレスは大きな隔たりがある。しかし、街を歩いたときの「この場所が好きだ」という感覚は、後々その国で働く困難を乗り越える手助けをしてくれる。街を散策し、空気を感じ、この街が好きだと言える場所を見つけたい。

自分に合う都市の検討

 誰と結婚するか、どの会社に入るかという2つの選択肢に比べ、どこに住むかという選択肢は軽視されているように思う。しかし、その2つと同等以上に、どこに住むかは重要ではないかと思う。

 モテるかどうか、労働市場で希少と扱われて高い給与を得るかなど、本人の実力以上に環境で決まる要素は多い。同じ仕事をしていても、働く場所によって給与が違うのはその典型例であろう。

 あるいは、満員電車の苦痛から逃れるために、年収を多少下げて東京から他の都市に移ったほうが人生の幸福度は上がるかもしれない。埼玉の実家から都内の会社に1時間半かけて満員電車で移動する苦痛は年収換算でいくらほどの精神的な損害であろうか。

 自分にとって大事なこと、そして優先順位を心に決めた上で、現実的な条件(その都市で得られる待遇や、生活コストなど)を検討する。これにより、自分にとって幸せに過ごせる都市が見えてくる。もちろん、まずはその都市を知らなければならない。出張で世界中の都市を回る人は稀であろう。多くの場合、旅行で行ったことがある都市が移住の対象となる。こう考えると、旅行でいろんな国を見るというのは、単なる娯楽にとどまらず、キャリアあるいは人生にとって重要なリサーチといえる。

 仮に移住を検討している都市があれば、もう一度訪問したい。自分が住むことを想像したながら、街をもう一度見るのである。いままでとは違うものが見えるかもしれない。例えば、想像以上にスーパーマーケットの食材が高いかもしれない。途上国は国内で加工食品を作ることができず輸入に頼り、輸送コストや関税でかなり割高になっていたりする。もちろん、前述したその街が好きかどうかも非常に重要である。

おわりに

 グローバル化は、どこに住んでも同じように仕事や生活をできる世界を作ることはなかった。しかし、様々な都市に住むことを選択できる世界にはなってきた。せっかくこんな時代を生きているのである。自分にとって心地よい都市で暮らしたい。

 どこに住めば幸せなのか。これはライフステージによっても変わってくる。独身ならば刺激と出会いが多くオープンな都市である東京やバンコクがいいかもしれない。もし保守的な配偶者や高い教育を望む子供がいれば、バンコクよりもシンガポールが好ましい。また、20代よりも50代のほうが、医療水準や治安に対しての要求は高くなる。結婚あるいは離婚すれば優先順位は大きく転換する。今、自分に適してる都市を考えると同時に、将来の自分にとって好ましい都市も同時に考えたい。

 自分が、その最適な都市に歓迎されるスキルを持つ労働者であれば高い待遇と満足感が得られる。パーフェクトな移住である。私自身も、常に自分の人生の先を見つつ、必要なスキルを蓄積していきたいと思う。

 bon voyage!

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(高層ビルの屋上から見たバンコク)