鼻が折れると鼻血が出る

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(小説)両親への感謝とタイ就職

 

 聡はムシャクシャしていた。自分はいいと思っていた提案が、全然上司に伝わらなかったのだ。社内の顧客管理システムを導入すべきと企画書も書いたのに、時間の無駄と言われ、一蹴されてしまった。聡は自社の社内システムや運用ルールの改善点を見つけるのが得意で、今までもちょっとした変更は行ってきたが、根本の問題から解決したくて、今回の提案を行ったのだった。

「なあ、おかしくないか、なんで上の奴は改善したら数倍、いや数十倍業務が効率化すると言っているのにやろうとしないんだ?」

「はは、お前は熱い奴だな……まあ普通に考えて面倒なんだろうよ」

「面倒?」

「既存のやり方を貫いたほうが新しいことを覚えなくて済むだろ?」

 同期で営業部の拓也がビールを傾けながら言った。聡はシステムエンジニアで開発をしているが、度々顧客との打ち合わせや問い合わせで情報の相違や連絡先の誤りなどが見受けられ、それは顧客の情報が一元管理されていないせいだということが聡には分かっていた。

「お前みたいな奴に合うのってこれから発展する国なんじゃねえの」

「これから発展、か……」

「ちょっと待ってろ」

 拓也が電話をどこかに掛けると、30分後にポロシャツにGパンという身なりの男性が現れ、聡は面食らった。

「こちらはソムチャイさん。タイ人なんだ」

 ソムチャイは自己紹介もそこそこに、咳を切ったように自国の問題点について話し始めた。彼の国では中小企業、下手したら大企業でさえも勤怠管理や顧客管理はずさんで、紙ベースでの手続きも多く、そのせいで初歩的なミスが頻発しているとのことだ。一昔前の日本のような状況に聡はぽかんとした。

「聡サン、よかったらタイに来てください」

「え?」

「あなたのような思想や技術を持った人がタイにはかなり少ないです」

 


 聡は帰宅してから夢中でタイの現状について、調べてみた。するとソムチャイ氏の言う通りタイでは技術やサービスはどんどん進化しているものの、それに合った社内のツールが無いとの事。

 聡はワクワクした。自分に出来ることがあるかもしれない。ただ聡はタイ語はおろか、英語もままならない状態だった。そしてなにより、海外に行くとなったら家族は何というか。昔から厳格な父は許してくれないだろう。それでも自分に出来ることはこれだと聡は確信にも似た気持ちがあった。

 


「海外だと?どういうことだ」

 実家のリビングに響く声に身が縮こまる。有名大学を卒業し、一流企業で身を粉にして働いてきた父は厳しく、元々小さい会社に行った聡のことをよくは思っていなかった。さらに海外に行くなどと言い出したので許せないはずだ。

「今の会社では自分らしく働けないんです」

「近頃の若いもんはそういう事ばかり言って……私の頃は自分らしさなどなかったぞ」

 母は困った様子で夫と息子の顔を交互に見ている。母はいつも父の顔色を窺って、自分の意見は言わない。

「一応報告だけはと思って言いました。でも分かってもらえないならいいです。成功してそのことを伝えにまた来ます」

 そう聡は伝えると実家を後にした。

 


 それからはトントン拍子に話は進んだ。

 元々聡のことを評価していなかった会社は聡が辞表を出しても気にも止めず、引継ぎもそこそこに有給消化に入ることが出来た。ソムチャイ氏の現地での話を元に計画を立てながらビザとパスポートの手続きを行い、あっという間にタイに行く日が決まった。

 空港で手続きをしていると電話が鳴った。母からだった。

「もしもし、今日発つ日だって連絡くれてありがとうね」

「ああ、母さんも体に気を付けて」

「聡、この間は何も言えなくてごめんね。あれから考えて、私は聡を応援するよ。父さんは少しずつ説得するから、聡はいつでも、帰ってきていいからね」

 思いがけない母の言葉に涙が出そうになったが、堪えてありがとう、とだけ伝えた。

 タイに着いてからは住むところ、食事、文化などが違い勿論戸惑ったが、タイの人々の人柄の良さに助けられ、言葉もすぐ覚え友人も多く出来た。問題となっていた現地の会社では、日本にある様々な管理方法やシステムを伝えたことにより大変感謝され、聡は無くてはならない存在となった。

 また、その会社では離職率が高く、ノウハウが定着しないことが問題となっていたが、聡が会社の仕組みを変えてからは働きやすくなったため、半年後には離職率がぐんと下がり、職場の雰囲気やチームワークなども安定するようになった。

 しばらくすると拓也か連絡があり、彼は聡の成功を喜んでくれた。

「お前なら出来ると思ったよ」

 電話の向こうの声は弾んでいた。

 


 渡航して一年が経った頃、聡は仕事では大きな満足を得たが、一方で両親のことが心配だった。連絡はあまりに日々忙しく出来ていなかったため、どうしているか知ることが出来なかった。

 そう思っていた矢先に、聡に取材したいと雑誌の担当者から連絡が入った。世界で活躍する日本人を取材して回っているとのことだった。そのインタビューの最後の質問で、聡は素直な気持ちを述べた。

「タイという異国で活躍されていますが、まわりの支えなどもあるのでしょうか。今の仕事に関して感謝している方はいますか」

「そうですね、一緒に働いているタイ人の同僚のみんなや、この仕事を紹介してくれた友人達は勿論なんですが、一番は両親に感謝しています」

「どういったところをですか?」

「母は出発の時に応援してくれましたし、何より父には仕事に対する責任感を父の背中を通して教えて貰ったことに感謝しています」

 


 二か月後、父から突然電話がかかってきた。

「雑誌を見たぞ。……だいぶ大きな事をやっているようだな」

「まあ……父さんにはかないませんが」

「今度いつ日本には帰ってくる?」

「特に決めてないけど……」

「じゃあ決めなさい。……酒でも飲みに行こう」

 聡は驚きで声が出なかった。小さい頃から父を満足させられなかった自分が、ようやく父に認められたのだと感じた。

「はい……」

 涙声の返事になってしまったが、自分にとっては大きな節目となった。それもこれも、小さな会社で愚痴ばかり言っていたらこんな風には認めて貰えなかっただろう。

 あの時決断し、自分の役立てる場所に思い切って行ってみてよかった。これからも一人でも多くの人の為に役立ち、楽しんで仕事のできるこの土地でやっていこうと思う。


紗月ゆき様よりご寄稿